2011年3月25日金曜日
3.11 2011
日常をこなしつつも、元からのことを継続しながらも。視ることは無視することと同じで、両方を一度には出来ない。そして何かを視ている間は、何か他のものを無視しているということ。たとえ贖罪の気持ちであっても。原動力に結びつかせたい。タフになりたい。意味について考えるよりも、出来る限りの行動へ向かいたい。
実状は書いてもしょうがない。誰かに伝えるために撮ったものじゃない。そこらに溢れてる記号としての情報にすぎない。でも自分にとっては違う。途方も無い喪失、どれ程の時間をかけて、元の生活が戻るのか。戻らないのかもしれない。一時の行動で終わってはいけない。眼を向け続けなければいけないということ、継続的に何をしていけばいいのか、そして日常をこなす、どこに眼を向ければいいのか。考えながら、行動へ。
敵をぶっ飛ばすのは、血気盛んな人に任せる。ただ一つ言えるのは、こんなところでぼやいても何も変わらない。ぼやくよりも先に、己の無力さを知れば良いと思う。知って、狂う程の無力感を味わえば良いと思う。そして立ち上がってほしい。
他幾つかの写真(Flickr)
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